�
Ann Arbor はアメリカ合衆国Michigan 州南東部にある人口11万の大学町です。Detroit から車で30分、Chicago からは車で4時間以内で来れる距離にあります。面積は、世田谷区と目黒区を足した程で、働く所、住む所、ダウンタウン、レクリエーション施設等がコンパクトに集約されており、日常生活において長距離移動をする必要がありません。市の中心には、川が流れ、多くの木や公園に恵まれ、自然と人間社会がバランス良く調和しています。住民の約2割は英語以外の言語を母国語とし、街には外国とアメリカの人と文化が溶け込んだユニークな雰囲気があります。週末には、質の高い文化的イベントが頻繁に催され、ロンドンフィルハーモニーや山海塾がやって来るといったようなことは珍しくありません。アメリカの古き良き時代の小さな町の趣きを留めつつ、外国文化やアートに対する目が肥えたコスモポリタンで、クオリティ・ライフが手に届く所にあるといった魅力があります。
1824年に入植が始まり、移民がドイツ、アイルランド、カナダなどから来た。ダウンタウン西側には、ドイツ人地区の名残りがあり、赤レンガのビール工場は現在小学校になっている。1837年にはミシガン大学がデトロイトから移転し大学町として発展する事になる。現在人口は11万人(Washtenaw 郡全体では32万人)。ミシガン大学には3万人の教職員が勤め、地域で最大の雇用主である。近年周辺にはハイテク産業の発達が著しく、新たな地域経済の原動力としての期待が大きい。民族構成は多様で、国勢調査によると、英語が母国語でない住民の割合は21%、帰化市民を含む外国生まれの住民の割合は18%、アジア系住民の割合は15%と成っている。(文献:US Census Bureau 2005-2007 American Community Survey 3-Year Estimate)
ミシガン大学は、明治時代初頭から現在に至るまで、米日関係発展に重要な役割を担ってきた。又地域に於いては、日本文化研究、日本語教育の啓蒙、日本人対象の医療サービス(ウェブサイト)を積極的に実施している。
明治時代
第2次大戦前後
戦後
オイルショックと自動車業界
現在